優れた経営者は戦略的オフィス移転を志向する

25 JUL 2015

1. はじめに

現在、アジア太平洋地域ではオフィスを戦略的に構築する機運が高まっています。
東アジアではここ数年、東南アジアではさらに以前からこうした傾向がみられます。オーストラリアでは2000年初頭からオフィスデザイン戦略を提供するコンサルティングがビジネスとして成立しており、大規模オフィスでは戦略的デザインはごく一般的プロセスとなっています。南半球のオーストラリアではじまったこの動きは、2005年ごろからシンガポールや中国に進出したグローバル企業でそのまま用いられ、2011年ごろからはシンガポールや中国の地元企業までもがワークプレイス戦略コンサルティング業務を外注して取り入れるようになってきています。シンガポール第2位の企業であるSingTelのワークプレイス戦略計画や、北京にある有名なCCTV新社屋隣に建設中のサンシャイン保険グループ本社ビル、2015年完成予定の香港ジョッキークラブの新社屋などが顕著な例です。そして、その流れが現在、日本にも到達し始めています。

2. オフィスは大改革のまっただ中に

世界的コンサルティングファームのIBMが、企業のCEOを対象とした調査結果から「自社に影響を及ぼす外部要因のうち、テクノロジーをもっとも重要な要因だと考えている」と結論づけたように、ICTの進展が我々の働き方にもたらしている影響は計り知れません。以前とは比較にならないほど多くの人間が情報を共有し、いつでもどこからでもアクセスできる状況ができたことで、組織のありようは大きく変わりました。それに伴いオフィスで行われる仕事のやり方や内容が多様性・流動性・フレキシビリティを増し、ワークスタイルが大きく変化しています。
それに伴って企業活動の受け皿となるオフィスそのものにも本質的な変化が起きています。オフィス内では個人作業よりもコラボレーションが推奨され、部署ごとの境界線やスペースの所有意識の低減が図られています。
この動きの背景にはもうひとつ別の大きな要因もあります。それはめまぐるしい変化に対する柔軟性をオフィスに持たせる狙いです。従来型では社員数の増加がデスクの増加でありましたが、多目的に使えるスペースの割合を増やしていくことによって、社員数の増減の影響をある程度吸収してくれるバッファゾーンとして機能させることも、また一方で大きな変化のトレンドとして捉えることができます。

3. 部署間の交流が知識創造の効果と効率を高める

これまでの組織の多くは縦割り方で各部署の役割が明確に分担され、部署間での協業の機会は多くありませんでした。仕事のプロセスも部署内の人から人へタスクを手渡ししていくような線的で定型的なプロセスワークが主流を占めていました。しかし今では多くの企業がこうしたやり方を問題視しています。
部署間の交流が新たな価値を創造することが明らかになってきたからです。更に同じような知識が異なる部署で同時に塑造されていることも。つまり、縦割り型の部署がサイロ化しているために、多くの重複作業が組織内で行われていることもわかってきたのです。
部署間のコミュニケーションが知識の共有を可能にし、知識創造の効果と効率を高めることが経営者にもオフィスの問題として認識されるようになったのが、インターネットが一般的になりはじめた2000年ごろです。
それまで各社員に背の高いパーテーションで囲われたキュービクル型のワークステーションを割り当てていた組織は、その高さを低くし始め、経営者は隣の席に座っている者同士が互いにEメールでコミュニケーションをとりがちな状況に早くも危機感を持ち始めていました。そして、2010年ごろからはコラボレーションの頻度とスピードを加速させるために、「席の所有」という概念から社員を開放し、すべてのスペースを全員で「共有」する方向性が実践されるようになってきています。

4. 経営者は都心のオフィスに人を集める意味に気付き始めた

固定的な概念からアジャイルな考え方への移行はさまざまな場面で見られます。たとえば働く時間はフレキシブルいなり、場所にとらわれない働き方もできるようになっています。場所と時間を予め定めたフォーマルな会議の多くは、いつでもどこでも思い立ったら行えるインフォーマルなコラボレーションに置き換えられています。
一般化Eメールに対しても、多くの経営者が「自分の席から一歩も動かず、メールでコミュニケーションをとるより、実際に顔と顔をあわせて話をすることに大きい意味がある」と考え始めています。多大なオフィス賃料を払い、長時間かけてオフィスに来てもらっている社員が隣の席ともEメールやチャットでコミュニケーションをとることは、都心のオフィスで行う行為としては容認しがたいのです。
社員の満足度が組織の魅力を高めて高いせいかをもたらし、魅力的な職場の雰囲気が優れた人材を惹きつけて組織の競争力を高めることに、経営者は気付き始めています。
こうした変革の流れのなかでオフィスデザインの変化を捉えると、単なるインテリアデザインのトレンドとしてではなく、ICTツールやワークスタイルの新しい潮流だけでもない、もっと根本的な大きな変化、つまり、組織文化の変革が進みつつあるように思われます。

5. オフィスの経営的意味の変化|コスト→ツール→ブースターへ

2000年前後まで経営戦略におけるオフィスの位置づけは、単なる「コスト」でした。だからこそ、企業は社員を管理しやすいようにオフィスに集め、効率的に働かせようとしたのです。オフィスに関する戦略めいたものといえばコスト削減であり、1人あたりのオフィス面積をいかに小さくするか、賃料をいかに下げるかといったことでした。
1990年代以降にもてはやされたフリーアドレスも、コスト削減のために導入されたケースが多く、社員の満足度向上には繋がりませんでした。
それに対して2000年半ば移行に計画された大規模(2000名以上)なオフィスでは賃料削減だけでなく、「運用コストの削減」「経営ビジョンとの合致」「社員のオフィス内でのモビリティ増加」「サステナビリティの改善」などを付加価値として盛り込む事例がみられるようになりました。

6. オフィスづくりへの参画が組織の結束力を高める

さらに、オフィス移転プロジェクトそのものにも経営的価値を見出そうとする視点が出始めました。
たとえば、オフィス移転までのプロセスが単なる場所の移動ではなく、社員のより効果的なコミットメントを実現する手段として捉えられつつあります。社員一人ひとりがオフィスづくりに参加し、運用方法も一緒に考えることで、オフィスに対する愛着や自治の精神が芽生えてきます。さらに、このプロセスを経ることで、ただのこの集団からひとつの組織としての結束が高まっていくのです。賢い経営者がこれを利用しないはずがありません。

7. インテリアデザインだけでは対応できない大変革期

現在のオフィスの変化は、これまでのオフィスデザインのトレンドとは異なります。単なるインテリアデザインの進化形ではないのです。
ICTの進化に伴う時間と場所からの解放は、スペースの使い方だけでなく、仕事に対する考え方も変えるような包括的な変化を企業に突きつけています。
したがって、オフィス構築プロセスはインテリアデザイナーの職域を超えており、多くのステークホルダー(総務部だけでなく、IT部や人事部、ユーザーサイドの部署)がプロジェクトに関わる必要があります。異なる要求を持つ人々を束ね、ひとつの方向へ導く役割がこれまで以上に重要となるということです。

オフィスを構築するプロジェクトマネジメントに専任のエキスパートを充てることは、費用対効果からも当然の経営判断でしょう。欧米、オセアニア、東南アジアはもちろん、我が国でも一般化しつつあります。

8. オフィス戦略を支えるコンサルティングの台頭

さらに従来のオフィス構築手法と今後の包括的なオフィス構築手法の違いは、オフィスを戦略的に捉える役割の有無でもあります。プロジェクトマネジメントと同様に、インハウスでもアウトソースでも、「オフィス戦略業務」という役割が台頭してきています。

オフィス移転を前提とした場合、オフィス戦略業務は大きくわけて次の10になります。

  1. 現状の不動産ポートフォリオを情報を整理する
  2. スペースの使われ方を客観的に評価する(デスク・会議室・その他のスペースの利用率)
  3. オフィスの質や働き方、組織文化に関する社員の現状評価と将来の展望、経営層と社員の意識の乖離を明確化する(アンケート調査・インタビュー・ワークショップなどによる)
  4. 経営トップが全面的にサポートできるような、経営ビジョンに直結するようなオフィスのコンセプトをつくる
  5. オフィス戦略に則ったオフィスのロケーションを考える
  6. 社員を巻き込んで、現状のオフィス課題を解決するための機能(そのまま残すべきもの、なくすべきもの、新しく創るべきもの)を新しいオフィスの「枠組み」として定める
  7. 新しいオフィスの枠組みに対してトップの承認を得る
  8. インテリアデザイナーやICTコンサルタントが、6で定めた枠組みに則って提案しているかをレビューする
  9. 新しい仕事環境と働き方の実現プロセスを支援する(変革のマネジメント)
  10. 新しい環境と働き方を導入した後の効果測定を実施する

9. オフィス戦略なしに、経営陣の強いリーダーシップは引き出せない

では、オフィス戦略がないとどうなるか。
まず、現状を評価スルデータがないので経営的な思考に持ち込めず、経営ビジョンを具現化するコンセプトが打ち出せません。その結果、オフィス構築プロセスに不可欠な経営陣の強いリーダーシップを引き出すこともできません。リーダーシップが欠如したプロジェクトは、特に大きな変革を必要とする場合、関係者の推進力を維持できなくなります。困難に直面すると安易に設定目標が下げられ、迷走してしまいます。
オフィス戦略がなくても、流行のインテリアデザインを取り入れた趣味の良いオフィスをつくることはできます。しかし、それだけでは経営ビジョンを反映し、人々がイキイキと働けるオフィスデザインになる可能性は低いです。

10. デザイン&テクノロジーは最低要件、その先のオフィス戦略

「インテリアデザインの質=オフィスの質」ではありません。優れたインテリアデザインであり、必要なテクノロジーを備えていることはもはや最低条件です。これから本当に必要なのは、部署ごとに異なる活動をオフィスが充分に支援できるかどうかです。
将来的にオフィスの形態や使われ方はさまざまな変化をし続けるでしょう。しかし、これから15年間の間にはオフィスを経営手段として戦略的に構築していくことの重要性が認識されていくはずです。そして、その根拠を示しながら経営的要求に応える機能を策定してから、より具体的なインテリアデザインへ進んでいくプロセスがどのような種類のオフィスにも適用されているに違いありません。